Elephant's breath 

 

2009年3月3日に3名でオープンした美容室ブレス。
そのアラフィフオーナーが月イチで更新中のコラムを掲載しています。
これを読めばブレスの全てがわかる!是非ともご一読くださいませ。

vol.131  長所と短所
 
今年もbreathでは、二十歳の新成人33名のお支度をさせていただきました。ヘアセ
ット、メイク、着付けの3チームが協力し、早朝4時半スタートで30分刻みに来店さ
れるゲストを、次々に仕上げていきます。今年は1年目のスタッフがメイクを、2年目
のスタッフがヘアセットを、新たに担当することになりました。1年前の幹部ミーティ
ングの際は、その責任の重さから「任せるのはまだ早いのでは」という声が多数の中で
「一年かけて、長所をしっかり伸ばしていこう」という私が押し切った形となりました。
しかしその後の先輩スタッフによる、きめ細かい指導のおかげで、当日は二人とも初登
板とは思えないほど落ち着いた様子で、スケジュールどうりにしっかりと、与えられた
大役を全うすることができました。
知能技能の面では、短所を補うより、長所を伸ばす方がよいが、精神上の問題では、
長所を伸ばそうと考えるより、短所を除くように努力する方がよい。それが長所を
伸ばすゆえんに外ならぬからです。  『修身教授録』(森 信三著 致知出版社) 
この度は専門性において「長所を伸ばす」ことは自信や勇気につながり、短所にもい
い影響を与えるものだ、という手応えを感じることができました。しかし人間性に関
しては、長所も度がすぎると、たちまち短所となってしまいがちなので注意が必要で
す。例えるなら、敏感は一歩誤ると神経質に、温厚は無神経に、勇気は粗暴に、鷹揚
は放任になりやすいように思います。だからこそ人間性においては、自分で自分の短
所である「欠けている点」を見つけ、そこを正す努力が必要なのです。しかし日常生
活の中で、至らない「自己を知る」ということは、そう簡単なことではないでしょう。
人は大きな過ちを犯し、身近な人に迷惑をかけたり、大切な人や仕事を失うようなこ
とがない限りは、なかなか自分自身の欠けている点に気がつくことはないものです。
だからこそ、これからも弊社では「転ばぬ先の杖」として、スタッフに対して「人間
学」を学ぶ場を提供してまいります。ありがとうございます。
 
 
 
 
vol.132 謙虚な心
 
10年近く前の出来事です。馴染みの方のお会計の際、当時のカット料金4000円を頂
く際に、私は一万円札を受け取りました。しかしなぜか私は、お釣りを1000円しか
渡しませんでした。お客様はアレっとした表情で「一万円札渡しましたよ」と言われ
ました。しかしなんと私は、自信満々の笑顔で「五千円札でしたよ」と言い切って、
その場を軽く収めてしまいました。そして夜レジを締めてみると、5000円多かった
のです。その瞬間に昼間の出来事が、私の頭に鮮明に映像として浮かんできました。
お預かりした一万円札をレジに入れ、お釣りの五千円札を手にとった時、電話が鳴り
ました。そこで私は左手に五千円札、右手に受話器を持ち電話応対をしました。そし
て受話器を置いたその時、手元にあった5千円札をお預かりしたものだと、思い込ん
でしまったのです。慌ててご自宅へお詫びに伺いましたが、ご本人はおやすみになら
れたということで、ご主人に返金し謝罪をしました。当然ながらその場で厳しくお叱
りを受けましたが、それから二度とそのお客様が来店されることはありませんでした。
『謙虚さがなくなる兆候』 1 時間におくれだす 2 約束を自分のほうから破りだす 
3 あいさつが雑になりだす 4 他人の批判や会社の批判をしだす 5 すぐに怒りだす
6 他人の話をうわ調子で聞きだす 7 仕事に自信が出てきて、勉強をしなくなる 
8 ものごとの対応が緩慢になる 9 理論派になりだす 10 打算的になりだす 11 自分
がえらく思えて、他人がバカに見えてくる 12 目下に人に対して、ぞんざいになる
13 言い訳が多くなる 14 「ありがとうございます」という言葉が少なくなる
私は人の話をうわ調子で聞き、謙虚さを失った傲慢な自分自身が心底情けなく、雨の
中涙を流しながら車を運転して帰ったことを、今思い出しても胸が苦しくなります。
私はこれまで大きな過ちを犯し、信用を失ったり周囲の人に迷惑をかけたりしてはじ
めて、謙虚さをなくした自分に気がつく、ということを繰り返してまいりました。だ
からこそ、これからも「謙虚さがなくなる兆候」を毎日チェックすることで、日々至
らない自己を正してまいります。ありがとうございます。
 
 
 
 
vol.133  恩を送る
 
スタイリストデビューして初めて担当したお客様の顔を、今思い出すことはできませ
んが、そのときの緊張感は25年たった今でも、はっきりと覚えています。お客様を
担当し始めた当時は、震える手つきを悟られないように、明るく振舞うことでなんと
か仕事をやり遂げ、約束のヘアスタイルを作れなかった自分自身を、毎晩責める日々
を送っていました。私が身を置く美容業に限らず、外科医の方の初執刀、パイロット
の方の初フライトなども含め、その際に人知れず「一人目」になってくださった方の
おかげで、現在の自分があるということを忘れてはならないでしょう。また同時に、
後輩が抱く夢を心から応援し、チャンスを与え見守ってくれる先輩の計らいがあって
こそ、私たちは成長することができるのです。とてもありがたいことです。だからこ
そ職場における、上司と部下の人間関係については「かけた情けは水に流せ、受けた
恩は石に刻め」という言葉のように、清々しくありたいものです。
「懸情流水 受恩刻石」  他者にかけた情け(与えた恩)は水に流して忘れるべき。
           他者から受けた恩は心の石に刻みこんで忘れてはならない。
ブレスではお客様一人に対してスタイリストが最初から最後まで専属で担当する「マ
ンツーマン型」ではなく、スタイリストの経験に応じて、同時に複数のお客様を担当
する「マルチタスク型」で営業しています。そこでブレスのスタイリストには、現場
でアシスタントが失敗しないように、伝えるべきこと(人間性や専門性について)を
あらかじめ丁寧に伝えておくこと、スタッフとの人間関係を良好に保つこと、が求め
られます。どちらも容易なことではありませんが、仕事をしてもらって当たり前、与
えてもらって当たり前となりがちな気持ちを戒めて、お互いが「ありがとうございま
す」そして「いえいえ、どういたしまして」という感謝を忘れないことが肝要でしょ
う。そうして先輩から受けた恩を「恩返し」する気持ちも大切ですが、それ以上に後
輩は新たな先輩として、次の後輩に対して恩を送る「恩送り」の社風を築くこと。そ
れがブレスの経営者として私の役割に違いないでしょう。ありがとうございます。
 
 
 
 
 
 
 
vol.134 柔弱謙下
 
 
先日、バックヤードで洗い物をしている実習生の姿にハッとしました。なぜなら水
道の使用量が「えんぴつ一本分」だったからです。理由を尋ねてみると、バイト先
の居酒屋で新しいスタッフが入った途端に水道料金が跳ね上がり、それ以来使用量
に気をつけるようになったとのことでした。「水や電気の節約」に関しては、思いや
りの実践項目として、常日頃からスタッフに対して取り組みのお願いをしています。
特に蛇口をひねる際には、水量を「えんぴつ一本分」にしようと呼びかけ、自ら実
践してまいりました。人は率先垂範すると、その取り組みに対する周りの人の行動
を、敏感にキャッチするものです。「俺がやってるのに、なんでやらないんだ」と
イライラする気持ちは、分からなくもないのですが、そこは責める気持ちを一旦大
きく包み込み「次は、もっとわかりやすく伝えよう」と謙虚に工夫を重ねたいもの
です。またさらには、協力者の行動に対してこそ、細やかな「ねぎらいの言葉」を
忘れてはならないでしょう。
「柔弱」(じゅうじゃく) 人の体は生まれてくるとき弱々しく柔らかいが、死ぬと固
く強ばってしまう。草木やその他の生命も生まれてくるときは柔らかで脆くみえる
が、死ぬと固く干からびてぼろぼろになってしまう。つまり固く強ばっている方が
死に近く、柔らかく弱々しい方が生に近いのだ。だから軍隊がいくら強くとも力攻
めでは勝てないし、樹木に柔軟性がなければ簡単に折れてしまう。このように強く
大きなものこそ下にあり、弱く柔らかいものこそが上にあるのだ。「老子」現代語訳
人はやわらかく生まれて、かたくなって死ぬ。植物も同じ。一見強そうなものはも
ろくて、やわらかくて弱そうなものが生き残るのが道理とのことです。だからこそ
誰に対しても、いかなる状況おいても、人や世の中のせいにすることは控えて、逆
らわず変化してまいります。風に吹かれてしなやかに揺れる柳のように。ありがと
うございます。
 
 
 
 
 
vol.135  美しい所作
 
十数年前のことです。開業を決心した私は、「意中の人」からの勧めもあり日商簿
記三級の取得を目指すことにしました。そこで休日を利用して私は、ビジネススク
ールに通うことになったのです。そんなある日教室でふと顔を上げると、ガラス越
しにトイレのドアを閉める、スタッフさんの姿が目に映りました。「腰骨を立てた
正しい姿勢」でクルッと振り向き、両手をノブにソッと添える「美しい所作」に、
私は心地よい違和感を感じました。教室まで音が届くことはありませんでしたが、
そのとき廊下には、静寂の中にカチャッという建具の音だけが響いていたはずです。
「所作」という言葉は、英訳する事が難しいので日本独特の文化といえそうですが、
この「所作」は「仕草」とは異なり、立居振舞や身のこなしという意味があり、物
を取る、椅子に座る、歩くなど、日常の動作すべてに通じます。あの頃の私は、そ
んなことを考えたこともありませんでしたので、突然目に飛び込んできた「美しい
所作」に違和感を感じたに違いありません。
自分という豊かな「作品」の完成を目ざす。良好な雰囲気を身につけた、人として
の「品」を作りあげていく。人生の充実は、そうしたところに感じられるのではな
いでしょうか。    (月刊素心第222号「良好な雰囲気を身につける」 より)
立居振舞など意識したことがなかった私ですが、あの日を境に「余計な物音は立て
ない」ということに敏感になりました。職場においては、カーテンの開け閉めの際
にシャーッという音がしないように、螺旋階段の上り下りに ダダダダッと音を立て
ないように、蛇口の水流はエンピツ一本分にしてジャンジャン出さないように、意
識しています。まだまだ決して完璧ではありませんが10年取り組むなかで、意識
を変えれば行動が変わる。行動が変われば習慣が変わる。習慣が変われば人格が変
わるということを、実感することができました。これからも良好な雰囲気を身につ
けるために、率先垂範を継続してまいります。ありがとうございます。
 
 
 
 
 
 
 
vol.136  心がまえ
 
breathの1階フロア奥にあるわたしの部屋には、自ら筆を執った「座右の銘」が立
派な額に入って掛かっています。わたしの心の拠り所であるこの「六然訓」(りくぜ
んくん)は中国明時代の政治家、崔後渠(さいこうきょ/1478〜1541年)が説いた
六つの心がまえです。本号では15年前に出会って以来、幾度となく未熟なわたしに
勇気を与えてくれたこれらのことばについて、述べてまいります。
『自ら処すること超然』 
自分を突き放して、客観的に見ること。超然(ちょうぜん)とはこだわりを捨て、そ
こから抜け出たさまです。日常の振舞いや自らの進退、さらには経営判断に至るまで、
人はついつい自分を守ろうとして、「損得」を判断材料としてしまいがちです。しかし
そんなときこそ自分自身を突き放して俯瞰し、自我の意識に捉われない正しい判断を
行い、微力ながらも世の中に対して範を示す。そんな気概を携えたいものです。
『人に処すること藹然』
人に対して、のびやかでおだやかに接すること。藹然(あいぜん)は、雲がわきあが
るようすや草木が伸びるさまです。仕事でお客様に対して笑顔で接していても、家族
や後輩に対する態度が横柄だというケースは少なくないでしょう。身近な人に見透か
されるようでは、周りの人から支持されることは難しいはずです。だからこそハード
ルが高い課題となりますが、より身近な人に目を向けて取り組みたいものです。
『有事斬然』 
なにかことが起きたときは、強い決断力と行動力で事態を切りひらくこと。思いもよ
らぬアクシデントは年に一度あるかないかです。しかしそのときばかりは、ふだんは
居るのか居ないのかわからないようなわたしですが、決して社員を矢面に立たせるこ
となく、自らが全力で事態の収拾にあたります。ここまで六つの心がまえのうち、三
つについて述べてまいりました。次号では残りの三つについてご紹介いたします。
ありがとうございます。
 
 
 
 
 
 
 
vol.137  心がまえ
 
崔後渠(さいこうきょ/1478〜1541年)が説いた「六然訓」(りくぜんくん)につい
て、前号では私に勇気を与えてくれる「座右の銘」である六つの心がまえのうち、前
半の三つについて述べました。本号では後半の三つに触れてまいります。
『無事澄然』 
なにごともないときには、澄みきったおだやかな気持ちで過ごすこと。澄然(ちょう
ぜん)とは透明で澄んだ水のさまです。些細なことでイライラして周囲の人に不快さ
を与えたり、クヨクヨして心を病んだりしないように、平静を保ちたいものです。
『得意澹然』
調子がよいときは、それにとらわれず、あっさりとした心をもつこと。澹(たん)は
「淡い」さまです。「成功は自分のおかげ、失敗は他人のせい」という考え方で有頂天
になることは控えなければなりません。「成功は他人のおかげ、失敗は自分のせい」
という謙虚な心で、図にのることなく淡々と日常を過ごしたいものです。
『失意泰然』 
ものごとがうまくいかないときでも落胆せず、ゆったりとした気持をもっておくこと。
泰然(たいぜん)は、落ちついてものごとに動じないさまです。現在、新型コロナウ
イルス感染症の流行が終息せず、見通しが立たない状況の中で多くの方々が、失意を
抱えながら大変な苦労をされています。先日の出来事ですが「大変すぎて涙も出ない」
と打ち明ける瀬戸ぎわの方に対して、その場で私は返答する言葉に戸惑い、残念なが
ら本心を伝えることができませんでした。
「仏のこころ」  追いつめられて 初めて人間は 本ものになる だから本ものに
 なるためには 絶体絶命の瀬戸ぎわに 立たされねばならぬ   坂村 真民
誰もが「大変な時こそ、大きく変われる時に違いない」そのように私は信じています。
ありがとうございます。
 
 
 
 
 
 
 
 
vol.138  多逢聖因
 
「夏のご挨拶」ということで、今年breathを卒業したオープニングスタッフの遥香さ
んが、先日元気な姿でサロンにやってきました。持ち前の笑顔と人から好かれる人が
らを携える彼女の近況を、退社後もじっくりと腰を据えて聞くことが出来て、大変嬉
しかったです。一方で私自身、「この人は」と思える方に対しては、弟子入りさせてい
ただくような気持ちで、定期的に夫婦揃って足を運ぶようにしています。そんななか
今年はあるきっかけで私が学ぶ「素心学塾」の大先輩である、籾井幸雄さん(日之出
運輸株式会社社長)のもとを訪ねることになりました。そのきっかけは、籾井さんか
ら私宛に突然届いた一箱のビールでした。先を歩まれる方からのお心遣いに、正直な
ところ「どうしたものか」と思案しましたが、これはチャンスに違いないと勝手に解
釈した私は、次の休日に家内と共に会社訪問をさせていただいたのです。
地位にはこだわらず、慎み深くて私心がなく、自信満々ではなく温和な顔かたち、人
に対しては慈愛と信頼の心で接し、しかも侵しがたい威厳をもち、どこかユーモアも
あり、一抹の淋しさを含んでいる。        「優れた人物の条件」安岡正篤
若い頃は、よく仕事をし、よく遊んで、よくケンカもしていたそうですが「あぁビー
ルやろ。気にせんどって。切手代もバカならんやろうけ、なんかの足しに」と笑顔で
仰る籾井さんが、社長室で醸し出す雰囲気はまさに「優れた人物の条件」に違いない
と感じました。本誌を毎月郵送でお届けし、塾で接していても気付かなかった事を、
一歩踏み込んで足を運ぶことで、ひしひしと感じることが出来ました。だからこそ、
「この人の人格に触れておきたい」という方には、これからも自分自身から積極的に
近づいて行こうと思います。いい人に交わっていると、知らず知らずのうちに良い結
果に恵まれることを「多逢聖因」(たほうしょういん)と言うそうです。私は五十歳
を目の前にして「ソロソロ」その味をしめてきたのかもしれません。ありがとうござ
います。
 
 
 
 
 
 
 
 
vol.139 原因は内にあり
 
先月、日曜日の朝に私はとても痛い思いをしました。仕事中に激しい腹痛を起こし、
身動きがとれず救急車のお世話になってしまったのです。日頃から滅多なことでは
病院のお世話になることはありませんが、診断の結果は尿管結石でした。このくら
いのことで、勤務中にお騒がせしてしまい申し訳ない気持ちでいっぱいです。ヒト
の三大激痛といわれる疾患は、心筋梗塞、痛風、胆石、すい炎、群発性頭痛、そし
て尿管結石、これらの組み合わせにより諸説ありますが、何処を調べてみても尿管
結石だけは必ず名を連ねていますので、激痛の代表選手に違いないでしょう。仕事
終わりの運動で汗を流したり、昼食は日替わり弁当(税込400円)一つを毎日家内
と二人でシェア(一人あたり200円)して食べるなど、運動や食事の量に気を配っ
ている私が、なぜこんな目に合わなければならないのか。私は病院のベッドの上で
そんな思いを巡らせながら、激痛を痛み止めで誤魔化すしかありませんでした。
因縁生起(いんねんしょうき) 周りに起こる出来事の原因は、すべて自分の内にある
因と縁にはそれぞれ、「因」直接的な原因、「縁」間接的な原因、という意味がある
そうです。今回の痛みの直接的な原因は、尿管に結石がつまったということです。
一方で石は尿の濃度が上がることで、体に不要な物質が結晶のようになって出来る
ことから、水分の摂取不足も間接的な原因として考えられるでしょう。仕事終わり
に汗びっしょりでテニスをして、体重計に乗ると1キロ以上体重が減る。そしてキ
ンキンに冷えたビールを美味しく味わう。そんな自分勝手な楽しみに固執する私は、
暑い夏でも水分をあえて控えて運動をしていたのです。そんな私の「心のクセ」に
原因があったのかもしれません。今の私は過去の私の「行動」によって形成されて
います。過去の私の行動は、過去の私の「思い」によるものです。困った出来事は、
そのことに気づかせてくれるために起こるに違いない。そのことを身を以て思い知
る事ができました。ありがとうございます。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
vol.140  恩を送ろう
 
娘さんの結婚式のために、着付けとヘアセットで来店されたのは一年ほど前のこと
です。久しぶりにお会いしたそのお客様は、ご自身で着付けをされるほど、和装を
日常的に楽しまれています。そして人生の節目に娘さんと一緒にお洒落をして、お
祝いする事をとても大切にしているそうです。お宮参りのために来店いただいたそ
の日は、一年前の結婚式の写真を笑顔で私に見せて下さいました。その際には、衿
のバランス、衣紋の抜き具合、裾合せ、おはしょり、それぞれのポイントをキチン
と押さえた仕上がりだったという旨の、お喜びの声を頂戴しました。そこで一年前
に着付けを担当した家内に、この度も着付けの御指名をくださったのです。その理
由を私は次のように伺いました。「あの方の着物を扱う手つきからは、着物を大切な
モノとして扱う姿勢が伝わってくる。だから、あの方に着付けてもらいたい」とい
う事でした。
 
心のクセは、表情、語調、動作に現れていますが、それが正されてきますと、おの
おのがやわらかくなり、全体の雰囲気がやわらいできます。 「素心学の定義」より
 
30年近く前のことですが、修行先で初めて着付けの手ほどきを受けた際に、練習用
の着物を無意識にまたいだ家内は、先輩から「着物は大切な物。絶対にまたいだら
いけん」と厳しく叱られたそうです。技術や知識としての「専門性」のみに留まら
ず、人から好かれるための「人間性」に至るまで、先に生まれて経験を積んだ先輩
が、正しく導いてくださったおかげで、私たちは育まれてきました。この恩恵を自
分自身の「飯の種」にして生きていくことは結構なことですが、それだけでは不十
分に思えてなりません。これからは世代責任として、私自身が次の世代の方に対し
て大切なことを伝えていくことで、「恩を送っていこう」と思います。ありがとうご
ざいます。
 

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